現実と数学の区別が付かない

数学ネタのブログです

数理モデル化の効能と,掛け算の順序問題

現実の問題を数学の問題に翻訳することを数理モデル化と言います。数理モデル化の効能はもちろん数学を問題解決に使える事です。今回はその効能をもう少し詳しく見ていきましょう。この数理モデル化の効能を理解すると,なぜ数学者をはじめとする理系の教育を受けた人間が,掛け算の順序を固定させる算数教育に強烈な不快感を表明するのか,その理由が良く分かるようになります。

複数の問題が同じ数学の問題に定式化できる

現実では異なる問題でも,数理モデル化を通して同じ数学の問題に定式化できることはよくあります。 それに気づくことが出来れば,問題ごとに別々に解法を考える必要がなくなりとても効率的です。

例えば,質量・バネ・ダンパ系と, LRC 直列回路はどちらも定数係数2階線形微分方程式として定式化できます。

石川工業高等専門学校:単振動・減衰振動・強制振動そして電気回路

また,多くの問題は線形代数の問題として定式化されます。有名なところではgoogleページランクがあります。

数学小景 | 九大数理学研究院

線形代数は「代数」であると同時に,平らな図形を扱う一番単純な「幾何学」です。また,線形方程式は人類が完全に解けると言っていい唯一の方程式のクラスです(n次方程式は n≧5 なら解の公式が存在せず,微分方程式も解けないのが当たり前,ディオファントス問題は解くアルゴリズムが存在しないことが証明されている)。 数学のかなりの部分が「話をいかに線形代数的な問題に帰着するか」という考えで成り立っています。

線形代数の応用を知りたい方には以下の本がおススメです。

科学者・技術者のための 基礎線形代数と固有値問題 | 森北出版株式会社

<書籍紹介> 行列特論(草場公邦 著)【数学】

「意味」から自由になる

問題を数理モデル化して方程式を立ててしまえば, あとはそれを解けばいいわけです。 その際には単に数学の問題として解けばいいのであって,その方程式がどこから来たものかは考える必要はありません。

ここではあえて「意味」に縛られて方程式を解いてみましょう。 題材は懐かしのツルカメ算です。

問題ツルとカメが何匹(何羽)かいる。頭の数が合わせて10個,足の数が合わせて26本であるとき,ツルとカメは何匹(何羽)いるか。

算数では文字式は習いませんが,この問題を方程式を立てて解いてみましょう。

まずツルが x 羽,カメが y 匹いるとします。頭の数の合計が10なので x+y=10。足が合わせて26本なので  2x+4y=26 です。めでたく方程式が立ちました。

\begin{cases}
x+y=10 \\
2x+4y=26
\end{cases}

これは2変数の連立線形方程式ですので,ツルカメ算も線形代数の問題として定式化できました。ではこの方程式を解いてみましょう。

まず上の式を2倍します。 \begin{cases}
2x+2y=20 \\
2x+4y=26
\end{cases}

あ,そういえば「意味」に縛られて解くんでしたね。

上の式は頭の数を表す式でした。それを2倍にするという事はつまりこういう事です。

f:id:egory_cat:20180217170116p:plain

いや恐ろしい。数学のブログでまさかこんな生命倫理に引っかかるような話になるとは思いませんでした。

まだこれで終わりではありません。次に下の式から上の式を引きましょう。 \begin{cases}
2x+2y=20 \\
2y=6
\end{cases}

足の数から頭の数を引いたので,ちょっと気が引けますが頭の数と同じ本数だけ足を切断しましょう。

f:id:egory_cat:20180217170119p:plain

うう……残酷です。切り取った足は美味しく頂いたことにしておきましょう。

さらに下の式を1/2倍します。 \begin{cases}
2x+2y=20 \\
y=3
\end{cases}

足の数を半分にしたのでこうです。

f:id:egory_cat:20180217205016p:plain

勢い余ってシッポまで切ってしまいましたが,今はシッポは関係ないので気にしないでおきましょう。

さあこれでカメ(新型)の数が3匹である事が分かりました。頭をくっつけたり足を切り落としたりしているだけなので,カメ(旧型)の数も3匹です。旧型ツルカメの頭の総数は10だったので,ツル(旧型)は7羽いたことになります。



……まあ悪い冗談です。式変形の途中の意味を考える必要なんてありません。単に\begin{cases}
x+y=10 \\
2x+4y=26
\end{cases} を満たす自然数  x,y が分かれば何でもいいのです。 逆行列を使って解いても構いません。逆行列がツルとカメの世界で何を意味するのかは考える必要はありません。

理系の教育を受けた人間は

という2段階で問題を解くという作業に慣れ親しんでいます。 方程式を解くとき使うものには現実の世界での対応物が無いような,純粋に技術的なものもあります。 現実の意味から自由になり,純粋に数学の問題と捉えることで,問題解決の技術は格段に上がります。 現実の意味に固執することは,そういうものを学習するときの障害にもなってしまいます。

掛け算の順序にこだわる人達

www.asahi.com

現実の意味から自由になって数理モデルを解くという作業に慣れ親しんでいる人間にとっては,掛け算の順序にこだわるという考え方は強烈な違和感を感じさせるものです。このように現実の意味に固執して計算するという考え方はさらに進んだ数学を学ぶ上での障害にもなってしまい,教育上もよくないと私は思います。

新しいウサギにみんなはびっくり。頭から耳が3本生えている。

なんてこった。カメさんどう思う?

f:id:egory_cat:20180217173520p:plain

そうだね。できれば二度と会いたくなかったよ。