現実と数学の区別が付かない

数学ネタのブログです

位相幾何学クイズ・その1

幾何学にも初等幾何学微分幾何学代数幾何学などなど,いろいろな種類があります。それらは「どういう図形(多様体)を扱うか」と「どういう図形を『同じもの』と捉えるか」の2点によって区別されます。今回の記事は位相幾何学と呼ばれる幾何学に関するクイズです。位相幾何学はおおざっぱに言うと,図形が伸縮自在で柔らかいゴムのような素材でできていて,変形して同じになる図形は同じものと捉える幾何学です。位相幾何学ではこの「同じものと捉える」というのを「同相である」といいます*1。「コーヒーカップとドーナツは同相だ」といった感じです。記号は  \approx を使います。
taketo1024.hateblo.jp
今回は図形の中でも曲面,特に閉曲面と呼ばれるものを考えます。閉曲面とは,ひとつながりで境界が無く,ユークリッド空間の中で有界(無限に広がってない)で,自己交差のない曲面のことです。円板は曲面ですが,円周という境界があるので閉曲面ではありません。ユークリッド平面  \mathbb{R}^2 は境界はありませんが,有界でないので閉曲面ではありません。

閉曲面の中でも特に大事なものに, 種数 g のトーラス と呼ばれるものがあります。種数 g のトーラスをいくつか絵にかいてみましょう。

f:id:egory_cat:20180508185550p:plain

1つ目は球面ですね。2つ目のドーナツ型の曲面はトーラスと呼ばれています。3つ目は種数2のトーラスです。トーラスを g 個合体させて(数学的には連結和といいます)できた  g 人乗りの浮き輪と同相な曲面を,種数 g のトーラスと呼びます。便宜上,球面のことを種数0のトーラスと呼びます。

3次元のユークリッド空間に埋め込める閉曲面は,ある種数 g のトーラスと同相になることが知られています。
http://www.math.okayama-u.ac.jp/~kazu/classes/2016/TopologyII/text.pdf

さて,実際に3次元ユークリッド空間に埋め込まれた閉曲面の種数を求めてみましょう。それが今回の問題です。

例題:次の曲面の種数をそれぞれ求めよ。
f:id:egory_cat:20180509093831p:plain:w400







例題の答え
まあこれは簡単ですね。立方体は球面に,縦に穴が1つ空いた立方体はトーラスと同相になります。よって答えは 0 と 1 です。

f:id:egory_cat:20180509093836p:plain:w300


さて本番はここからです。

問題1:この曲面の種数を求めよ。
f:id:egory_cat:20180508144332p:plain

問題2:この曲面の種数を求めよ。
f:id:egory_cat:20180509090058p:plain
ちょっと見にくいかもしれませんが,外側の立方体の部分の面を取り払うと↓になります。
f:id:egory_cat:20180509133546p:plain:w200

正解は後ほど。
f:id:egory_cat:20180508145418g:plain

*1:もちろんこれは数学的に正確な定義ではありません。この説明だと連続的に変形したものを同じものと捉える「ホモトピー同値」と混同しそうです。円板は1点に連続的に変形できますが,円板と1点は同相ではありません(ホモトピー同値ではある)。このように「潰す」という操作は同相ではありません。他に同相でないような操作に「切る」があります。しかし,ある図形を切って,その図形を同相なものに変形し,その後で切ったところを元と同じようにくっつけたものは,最初の図形と同相になります。例えば,帯状の輪っかを切って一枚の帯にして,それを360度ひねってから切ったところを元と同じようにくっつけた図形は,元の帯状の輪っかと同相です(180度だけひねった場合はメビウスの輪と呼ばれる図形になって,帯状の輪っかと同相ではなくなります)。この2つの図形は片方からもう片方へ,連続的に変化させることが出来ないように思えます。しかしそう思えるのは図形の「入れ物の空間  \mathbb{R}^3 」を固定して考えているからです。同相をもうちょっとだけ正確に定義すると,「2つの図形に対し,点が1対1に対応していて,その対応付けで『点同士の繋がり方』も同じとき同相という」となります。この『点同士の繋がり方』を数学的にちゃんと定義したものが「位相」と呼ばれるものです。この「同相」の定義には,図形がどの空間に入っているかという情報は含まれていません。同相かどうかを考えるときは,「入れのもの空間」を固定する必要がない,もっと言うと,「入れ物の空間」そのものが必要ありません。もちろん「入れ物の空間」を一つ固定して,その中の図形を調べるという幾何学もあります。「結び目理論」は  \mathbb{R}^3 内にある,円周  S^1 と同相な図形を調べる分野です。結び目理論は「S^1 \mathbb{R}^3 への埋め込み方」を図形として扱い,「ホモトピー同値」なのもは同じと捉える,という幾何学です。