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ベキ級数環における平方根の計算

一般化された二項定理によれば  (1+t)^{\frac{1}{2}}=\sqrt{1+t}マクローリン展開は\begin{align}
(1+t)^{\frac{1}{2}}=\sum_{k=0}^\infty \binom{\frac{1}{2}}{k}t^k,~~~\left|t\right|<1
\end{align}で与えられます。ここで \displaystyle \binom{\frac{1}{2}}{k} は一般化された二項係数 \begin{align}
\binom{\frac{1}{2}}{k}=\cfrac{\cfrac{1}{2} \left( \cfrac{1}{2}-1 \right)\left( \cfrac{1}{2}-2 \right)\cdots \left( \cfrac{1}{2}-k+1 \right)}{k!}
\end{align}です。

Wikipedia 二項定理 ニュートンの一般化された二項定理
calculus - Taylor series of $\sqrt{1+x}$ using sigma notation - Mathematics Stack Exchange

具体的に初めの方の項を計算してみると\begin{align}
\sqrt{1+t}=1+\cfrac{1}{2}t-\cfrac{1}{8}t^2+\cfrac{1}{16}t^3-\cfrac{5}{128}t^4+\cfrac{7}{256}t^5+\cdots
\end{align}となります。

今回はあえてヘンゼルの補題を使って正標数の体 \mathbb{F}_p=\mathbb{Z}/p\mathbb{Z} 上のベキ級数環での \sqrt{1+t} の計算をしてみます。

そして最後に  x^3+x^2-y^2 の既約性(因数分解できるかどうか)について考えてみます。

\mathbb{Z}_p \mathbb{K}[[t]]

ユークリッド整域の典型的な例として,有理整数環  \mathbb{Z} と体 K 上の多項式環  K[t] があります。

ユークリッド環 - Wikipedia

どちらもユークリッド除算と呼ばれる「割り算」ができ,ユークリッドの互除法により最大公約元の計算ができます。\mathbb{Z} は「数論的」な環で,K[t] は「幾何的」な環です。

前回の記事紹介した数論的な環である p進整数環 \mathbb{Z}_p に対応する幾何的な環が体上の形式冪級数

\begin{align}
K[[t]] :=\left\{\sum_{k=0}^\infty c_kt^k \middle| c_k\in K\right\}
\end{align}

です。これは収束を考えない形式的な無限和からなる環です。和や積も形式的に定義できますが,桁の繰り上がりがない分,計算は \mathbb{Z}_p よりも分かりやすいです。

一般的に幾何学的な環の方が数論的な環よりも分かりやすい構造をしています。

例えば  \mathbb{Z} の素イデアル全体がどうなっているかは整数論における究極的な大問題ですが, \mathbb{C}[t] の素イデアル全体は  \{(0)\}\cup\{(t-a)\mid a\in \mathbb{C} \} と簡単にかけます。

\mathbb{Z}_pK[[t]] はどちらも完備離散付値環と呼ばれる環です。 K[[t]] に対しても, \mathbb{Z}_p と同様にヘンゼルの補題が成り立ちます。

ヘンゼルの補題ニュートン法

K[[t]] でのヘンゼルの補題を書いておきましょう。\mathbb{Z}_p\mathrm{mod}~p を考えることは, K[[t]] では  t=0 を代入することに対応します。やはり幾何的な環の方が話は簡単です。

ヘンゼルの補題
 f_t(x)\in K[[t]][x] , f_t(x)t0 を代入したものを f_0(x)\in K[x] とする。

 f_0(\alpha)=0 f_0'(\alpha)\neq 0 となる \alpha \in K が存在するとき, a(t)\in K[[t]] f_t(a(t))=0 かつ  a(0)=\alpha となるものが存在する。

f_0(x) の体  K における根  \alphaf_t(x) K[[t]] における根  a(t) に持ち上がるという定理です。この持ち上がった根  a(t)ニュートン法で計算することができます。

 x_k(t) \in K[[t]] を以下を満たすように帰納的に定めます。 ただし f'_t(x) x による微分 f'_t(x)=\cfrac{\partial f_t(x)}{\partial x} を表しています。
\begin{align}
x_1(t)&\equiv \alpha \mod t\\
x_{k+1}(t)&\equiv x_k(t) -\cfrac{f_t(x_k(t))}{f_t'(x_k(t))} \mod t^{2^k}
\end{align}このとき, (x_k(t))_{k=1,2,3,\dots} は収束し, \displaystyle a(t)=\lim_{k\to \infty}x_k(t) とすると,これは  f_t(a(t))=0 を満たし,任意の  k に対して  a(t) \equiv x_k(t) \mod t^{2^{k-1}} となります。

 K[[t]] における  1+tn乗根

K有理数 \mathbb{Q} または有限体 \mathbb{F}_p=\mathbb{Z}/p\mathbb{Z} (p素数) とします。a(t)\in K[[ t]] で, a(t)^n=1+t となるものは存在するでしょうか?

そのような a(t)x に関する多項式  f_t(x)=x^n-(1+t)\in K[[t]] [x] の根になるので,ヘンゼルの補題を使って見つけることができます。

まず,f_0(x)=x^n-1 は根 x=1 を持ちます。また,f'_0(1)=nK=\mathbb{Q} または  K=\mathbb{F}_p \mathrm{gcd}(n,p)=1 を満たす体のときは  0 になりません。よって,ヘンゼルの補題により,次の系が得られます。

系(1+tn乗根)
 n を正整数とし,K=\mathbb{Q} または  K=\mathbb{F}_p (\mathrm{gcd}(n,p)=1) とする。このとき, a(t)\in K[[t]] で, a(t)^n=1+t, a(0)=1 を満たすものが存在する。

特に  n=2 p>2 のときは  a(t)^2=1+t, a(0)=1 を満たす  a(t)\in \mathbb{F}_p[[t]] が存在します。この  a(t) のことを  \sqrt{1+t} で表すことにしましょう。

ちなみに p=2 のときは,このような a(t) は存在しません。\displaystyle a(t)=\sum_{k=0}^\infty c_k t^k \in \mathbb{F}_p[[t]] の2乗は \displaystyle  a(t)^2= \sum_{k=0}^\infty c_k t^{2k} となり,c_k をどう上手く定めても 1+t にはなりません。

\sqrt{1+t}\ \in \mathbb{F}_p[[t]] の具体的な形

ニュートン法を用いて \sqrt{1+t}\in \mathbb{F}_p[[t]] p=3,5,7,11,13 の場合に具体的に計算した結果は以下のようになります.

p=3 のとき:\begin{align}\small 1+2t+t^{2}+t^{3}+2t^{4}+t^{5}+t^{9}+2t^{10}+t^{11}+t^{12}+2t^{13}+t^{14}+\cdots\end{align}p=5 のとき:\begin{align}\small
1+3t+3t^{2}+t^{3}+2t^{5}+t^{6}+t^{7}+2t^{8}+t^{10}+3t^{11}+3t^{12}+t^{13}+\cdots\end{align}p=7 のとき:\begin{align}\small 1+4t+6t^{2}+4t^{3}+t^{4}+3t^{7}+5t^{8}+4t^{9}+5t^{10}+3t^{11}+3t^{14}+5t^{15}+\cdots\end{align}p=11 のとき:\begin{align}\small
1+6t+4t^{2}+9t^{3}+4t^{4}+6t^{5}+t^{6}+5t^{11}+8t^{12}+9t^{13}+t^{14}+9t^{15}+\cdots\end{align}p=13 のとき:\begin{align}\small 1+7t+8t^{2}+9t^{3}+9t^{4}+8t^{5}+7t^{6}+t^{7}+6t^{13}+3t^{14}+9t^{15}+\cdots\end{align}これらは  \displaystyle  (1+t)^{\frac{1}{2}}=\sum_{k=0}^\infty \binom{\frac{1}{2}}{k}t^k の各係数を  \mathrm{mod}~ p で計算したものと一致しています。

 x^3+x^2-y^2 の既約性

 x^3+x^2-y^2\in\mathbb{R}[x,y] は多項式としては既約ですが,ベキ級数としては因数分解できます。
\begin{align}
x^3+x^2-y^2&=x^2(1+x)-y^2=(x\sqrt{1+x})^2-y^2=(x\sqrt{1+x}+y)(x\sqrt{1+x}-y)\\
&=\left(\sum_{k=0}^\infty \binom{\frac{1}{2}}{k}x^{k+1} +y\right)\left(\sum_{k=0}^\infty \binom{\frac{1}{2}}{k}x^{k+1} -y\right)
\end{align}この意味は   x^3+x^2-y^2=0 のグラフを描いてみると分かります。

  x^3+x^2-y^2=0 のグラフは全体としては一本の繋がった曲線です。

f:id:egory_cat:20180815170530p:plain:w400

しかし,原点の近くだけの範囲で考えると   x^3+x^2-y^2=0 は2本の曲線  x\sqrt{1+x}+y=0x\sqrt{1+x}-y=0 が交差したものになってります。

f:id:egory_cat:20180815174405p:plain:w400

 x^3+x^2-y^2\in \mathbb{F}_p[x,y] も多項式としては既約ですが,p\neq 2 のときはベキ級数としては因数分解できます。

 p=2 のときは,x^3+x^2-y^2=x^3+(x+y)^2 ななので, z=x, w=x+y と変数変換すると  z^3+w^2 となり,これはベキ級数としても既約なので,x^3+x^2-y^2 はベキ級数としても既約になります。