現実と数学の区別が付かない

数学ネタのブログです

ゼノンの運動のパラドックスは矛盾していない

今回は有名なゼノンの運動のパラドックスと呼ばれるものに関して考えてみます.ざっくり言うと「地点Aから離れた地点Bへの運動は,無限個の中間点を経由しければならないので存在しない」というようなことを言っています.「二分法」「アキレスと亀」「飛んでいる矢」など,理由に当たる部分にいろいろなバリエーションがありますが,どれも「運動が存在しない」というものを結論付けるものです.詳しくは Wikibedia の記事を参照してください.
ja.wikipedia.org

現実には離れた地点まで移動できるわけで,ゼノンのパラドックスが言っているようなことは起きません.しかしこのパラドックスのどこが間違っているかを考え出すと,明確に指摘することが困難であることに気づきます.

先人たちはこの「問題」を解決するための奇妙な理屈をいろいろ考えてきたようで,Wikipedia の記事にも「運動のパラドックスの数学的解説」「哲学的解釈」という項に記述があります.このパラドックスの間違い・矛盾点を指摘しようとする試みが繰り広げられていますが,何を言っているのか私には正直よく理解できません(もしくは「そういう事ではないのでは?」という感想になってしまいます).

この記事では,ゼノンの運動のパラドックスを「数理モデルとは何か」という視点で解釈してみます.結論を先に言ってしまうと「ゼノンの運動のパラドックスは矛盾を含んでいない.ただ現実の現象を表していないだけ」ということになります.

数理モデル

数理モデルに求められるもの

数学は現実そのものではありません.数学を用いて現実の問題を考えるときは,その現象を表現するような数理モデルを数学の世界の中に構築して,その数理モデルを数学で解析するという方法を取ります.

数理モデルに求められるものは次の2つだけと言ってもいいでしょう.

  • 数学的に矛盾していないこと.
  • 現実の現象をよく表していること.

これらに加えてシンプルで美しければ文句なしですが,その辺りは個人の価値観などもあるので置いておきましょう.矛盾を含む数理モデルは考える意味がありませんし,現実の現象と全然違う結果ばかり出力する数理モデルに価値はありません.

さて,ここで大事なのは「無矛盾であること」と「現実をよく表していること」をちゃんと区別できることです.この区別をちゃんとつけることが,ゼノンの運動のパラドックスの謎を解くカギとなります.

矛盾とは

ここで出てきた大事な言葉である矛盾について説明しておきましょう.矛盾というのはある命題 P に対して「P かつ, P でない」という形の命題です.当たり前ですがこれ以外のものは矛盾と呼びません.「あれれ~おかしいぞ~」という感想は矛盾ではないのです.

次のような具体例を考えてみましょう.

増えるウサギちゃんの数理モデル
ある種類のウサギは繁殖力が非常に強く,1年間で群れの個体数が約2倍になるという.そこで,このウサギの群れの個体数を表す数理モデルとして,次の数列 a_n を考えた.\begin{gather}
a_0=10,~~
a_{n+1}=2a_n
\end{gather}a_n は,現在 10羽のウサギの群れの n 年後の個体数を表している.

さて,広大な土地を所有するどうぶつ王国の主であるあなたはこのウサギ 10羽を飼い始め,その個体数の変化を毎年記録していった.

多少のずれはあるものの,この数理モデルは群れの個体数をよく表しているようであなたは満足していた.

しかしある晩,あなたはこの数理モデルに潜む恐ろしい事実に気づいてしまう.この数理モデルは厳密に解くことができ a_n=10\cdot 2^n という爆発的に増加する解を持っていたのだ.

あれれ~おかしいぞ~ウサギたちは際限なく増え続けて100年後には太陽の質量をはるかに超えるウサギの群れが誕生することになってしまう!

さて,この話を読んで「これはとても不思議な話だ」と思う人はいないでしょう.「いや,n が大きいときに数理モデルとして不適切なだけでしょ」と思うのが普通です.そう,この例は n が大きいときに数理モデルに求められる条件の2つ目「現実の現象をよく表していること」を満たしていないだけです.

ここで注意してほしいのは,これは「矛盾」ではないということです.数理モデルの定義 a_0=10,~~a_{n+1}=2a_n そのものには何の矛盾も含まれていません.

もし仮に a_n の爆発的な増加を何とか抑え込もうとして,数理モデルに新たな条件「ある R>0 が存在して,任意の n に対して a_n{<}R である」を付け加えてしまうと,この数理モデルは矛盾したものになってしまいます.「\{a_n\} の上限が存在する」という命題を P で表すと「 P かつ,P でない」という矛盾を含むからです.

この例で分かる通り「数学的には矛盾していない,しかし現実の現象とはかけ離れている」という数理モデルが存在することには何の不思議も謎もありません.

ゼノンの運動のパラドックスの謎

ゼノンの運動のパラドックスのどこがおかしいか指摘しにくいのは,実は先ほどの例と同じような構造があるからです (と私は考えます).つまり「言っていることに矛盾は含まれない,ただし現実の現象とはかけ離れている」言説なので,矛盾は指摘できないのは当然で,さらにウッカリと「無矛盾であること」と「現実をよく表していること」を混同してしまうと,あたかも現実が矛盾を含んでいるかのようなとても不思議なものに思えてしまうのです.しかし実際には,先ほどの指数的に増加するウサギちゃんのモデルと同程度の不思議さしかありません.「運動が存在しない」も「ウサギが指数的に増える」も矛盾を含んでいない,しかし現実ではないだけなのです.

まだ「ゼノンの運動のパラドックスに矛盾が含まれない」ということにいまいち納得がいかない人がいるかもしれません.そこで,これからゼノンの運動のパラドックス数理モデルを具体的に構築してみましょう.

ゼノンの運動のパラドックス数理モデル

数学の舞台は「集合」+「構造」

数学では集合にさらに何か付加的な構造を入れてたものを対象にするのか通常です.例えば集合に演算の構造を入れると,それは代数的な対象となります.

そして,その構造は集合を指定したときに自動的に定まるものではない,というのが重要なポイントです.どのような構造を考えているかはその人が明確に宣言する必要があります.例えば,実数全体の集合  \mathbb{R} と言ったときに,通常の加法や乗法を想像してしまいますが,それ以外の構造,例えばトロピカル演算のような変わった代数構造を考えることも可能なのです.

位相空間

単に要素の集まりである集合に「空間」としての性格を与える構造として位相と呼ばれるものがあります.位相が定まった集合のことを位相空間と呼びます.ここでは位相の定義についての話はしませんが,位相という構造が定まると,各点からの「近さ」を測ることができるようになり,位相空間の間の連続写像を考える事ができるようになるます.

数学で記述できる「運動」のもっとも一般的な形は次のようになります.

「運動」の数理モデル
X位相空間とし,\mathbb{R} には通常のユークリッド位相が入っているものとする.区間 [a,b] \subset \mathbb{R} からの連続写像 \begin{align}
\varphi:[a,b] \to X \end{align}を X 内の \varphi(a) から \varphi(b) への運動と呼ぶ.

離散位相

さて,現実の空間の数理モデルとして \mathbb{R}^3 を考えましょう.通常はユークリッド距離から定まるユークリッド位相を考えるのが普通ですが,それ以外の位相構造を考えることも可能です.例えば,すべての部分集合が開集合であるという離散位相を考えることもできます.

この集合 \mathbb{R}^3 に離散位相という構造を入れた空間が,まさにゼノンの運動のパラドックスのモデルと思える性質を持っています.

離散位相が入った \mathbb{R}^3 内の運動
集合 \mathbb{R}^3 に離散位相を入れた位相空間X とし,\mathbb{R} には通常のユークリッド位相が入っているものとする.閉区間からの連続写像 \begin{align}
\varphi:[a,b] \to X \end{align}は一点写像である.つまり,ある x\in X が存在し,任意の t\in [a,b] に対し \varphi(t)=x となる.

(証明)任意の連続写像 \varphi:[a,b] \to X に対し,始点 \varphi(a) と終点 \varphi(b) が一致することを示せば十分である.なぜなら,一点集合でない連続写像 \varphi:[a,b] \to X が存在したとすると,\varphi(a)\neq \varphi(b') となる a {<}b'\le b が存在して,\varphi[a,b'] への制限が始点と終点が一致しない連続写像となるからである.

さて,連続写像 \varphi:[a,b] \to X \varphi(a) \neq \varphi(b) となるものが存在すると仮定して,矛盾を導こう.

区間  [a,b] \subset \mathbb{R} は連結かつコンパクトであることに注意しておく.  [a,b] は連結なので,有限個の交わりのない開集合の和集合として表すことはできないし,また,コンパクトなので任意の開被覆は有限部分開被覆を持つ.

さて,\varphi の像 \mathrm{Im}(\varphi) を考えよう.閉区間 [a,b] は共通部分のない和集合 \begin{align}
[a,b]=\bigcup_{x\in \mathrm{Im}(\varphi)} \varphi^{-1}(x)
\end{align}として表される.X は離散位相なので特に一点集合は開集合であり,各  \varphi^{-1}(x) は開集合で \{\varphi^{-1}(x) \mid x\in \mathrm{Im}(\varphi)\} は交わりのない [a,b]開被覆となる.

\mathrm{Im}(\varphi) は有限集合と仮定すると,[a,b] が有限個の交わりのない開集合の和集合と表されることになり連結性に矛盾する.よって \mathrm{Im}(\varphi) は無限集合である (無限個の中間地点が必要となる!).しかし無限開被覆 \{\varphi^{-1}(x) \mid x\in \mathrm{Im}(\varphi)\} は1つでも開集合を除いたら開被覆ではなくなるので有限部分開被覆を持たず,[a,b] のコンパクト性に矛盾する.

よって背理法により  \varphi(a)=\varphi(b) である.(証明終わり)

どうでしょう,離散位相を入れた集合 \mathbb{R}^3 が「地点Aから離れた地点Bへの運動は,無限個の中間点を経由しければならないので存在しない」というゼノンの運動のパラドックスを体現するモデルに見えないでしょうか?具体的なモデルが存在するので,当然ゼノンの運動のパラドックスも無矛盾です.

\mathbb{R}^3ユークリッド位相を入れたものも, \mathbb{R}^3 に離散位相を入れたものも,どちらも数学的な矛盾を含みません.しかしどちらがより「現実の現象をよく表している」かは言うまでもないでしょう.

ゼノンの運動のパラドックスとは何だったのか

数学の舞台は「集合」+「構造」で,構造は集合を指定しただけでは自動的には定まらないのでした.しかしゼノンが生きた時代にはそのような考え方はなかったと思います.現代数学を知る人間からは,ゼノンの運動のパラドックスはそのような当時の数学の在り方に対する批判のようにも見えます.

数理論理学や公理系という考え方が広く知られ,より「数学とは何か」ということに自覚的になっている現代に,ゼノンのパラドックスのような話をいつまでも不思議がるような必要もないんじゃないかな思います.

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Grauert-Remmert の定理(整閉整域の判定法)

与作が木を切っても切らなくても今回は整閉包のお話です.

ネター整域が整閉整域であるかを判定する Grauert-Remmert の定理というものがあり,これは整閉包を計算する上でも主要な働きをする面白い定理なのですが,証明が載っている教科書をあまり見かけません.今回はこの定理とその証明を紹介します.

Zariski 位相

後ほど使うので,Zariski 位相について復習しておく.

R をネター環,\mathrm{Spec} RR の素イデアル全体とする.イデアル \mathfrak{a} \subset R に対し,\begin{align}
V(\mathfrak{a}):=\{\mathfrak{p} \in \mathrm{Spec} R\mid \mathfrak{a}\subset \mathfrak{p}\}
\end{align}とする.\mathrm{Spec} R には V(\mathfrak{a}) の形の集合を閉集合とする Zariski 位相と呼ばれる位相が定まり,V(\mathfrak{a})\mathfrak{a} で定義された Zariski 閉集合と呼ぶ.

R-加群 M に対し,\begin{gather}
\mathrm{ann}(M):=\{r \in R \mid \forall m\in M,~rm=0\}\\
\mathrm{Supp}(M):=\{\mathfrak{p} \in \mathrm{Spec} R \mid M_{\mathfrak{p}} \neq 0\}
\end{gather}とおく.ただし, M_{\mathfrak{p}}M\mathfrak{p} による局所化である.M が有限生成 M=Am_1+\cdots+Am_r の場合,\begin{align}M_{\mathfrak{p}}\neq 0 ~~\Leftrightarrow~~ \exists i, \mathrm{ann}(m_i)\subset \mathfrak{p}~~\Leftrightarrow~~ \mathrm{ann}(M)=\bigcap_{i=1}^r \mathrm{ann}(m_i)\subset \mathfrak{p}\end{align}なので\begin{align}
V(\mathrm{ann}(M))=\mathrm{Supp}(M)
\end{align}が成り立つ.無限生成加群の場合は一般にこの等式は成り立たない.例えば R=\mathbb{Q}[x],~M=\bigoplus_{n=1}^\infty \mathbb{Q}[x]/\langle x^n\rangle のとき,\mathrm{Supp}(M)=\{\langle x\rangle\} だが,\mathrm{ann}(M)=\bigcap_{n=1}^\infty \langle x^n\rangle =0 となる.

\sqrt{\mathfrak{a}}:=\{x\in R \mid \exists n \in \mathbb{Z}_{> 0}, x^n \in \mathfrak{a}\} \mathfrak{a}根基イデアルと呼ぶ.\mathfrak{a} \subset \sqrt{\mathfrak{a}} であり, V(\mathfrak{a})=V(\sqrt{\mathfrak{a}}) が成り立つ.

 R/\mathfrak{a}f\in R による単項局所化を   (R/\mathfrak{a})_f と書くと,f\in R に対して\begin{align}
f\not\in \sqrt{\mathfrak{a}}~\Leftrightarrow~ (R/\mathfrak{a})_f \neq 0~\Leftrightarrow~ \mathrm{Spec}(R/\mathfrak{a})_f \neq \emptyset ~\Leftrightarrow~\exists \mathfrak{p}\in V(\mathfrak{a}),~f\not\in \mathfrak{p}
\end{align}が成り立つ.対偶を取ることで \sqrt{\mathfrak{a}}\mathfrak{a} を含む素イデアル全体の共通部分,つまり \begin{align}
\sqrt{\mathfrak{a}}=\bigcap V(\mathfrak{a})
\end{align}が成り立つことが分かる.よって,V(\mathfrak{a})\subset V(\mathfrak{b}) であることと \sqrt{\mathfrak{a}}\supset\sqrt{\mathfrak{b}} は同値となる.代数閉体上の多項式環におけるヒルベルトの零点定理の類似の定理であるが,今回の \mathrm{Spec} R の方の証明は素朴で簡単である.

整閉整域とその判定法

整閉包と整閉整域

A をネター整域とし,\mathrm{Frac}(A)A の商体とする.x\in \mathrm{Frac}(A) が\begin{align}
\exists n\in \mathbb{Z}_{>0},~\exists c_0,\dots,c_{n-1} \in A,~x^n+c_{n-1}x^{n-1}+\cdots+c_1x+c_0=0
\end{align}を満たすとき,xA 上整であるといい,\begin{align}
\widetilde{A}:=\{x\in \mathrm{Frac}(A) \mid x \mbox{ は $A$ 上整}\}
\end{align}を A整閉包と呼ぶ.A=\widetilde{A} のとき A整閉整域であるという.整閉包は局所化と可換であり,積閉集合 S\subset A\backslash\{0\} に対し,局所化 S^{-1}A の整閉包 \widetilde{S^{-1}A} は,整閉包の局所化 S^{-1}\widetilde{A} と一致することが容易に示せる.

Grauert-Remmert の定理

0\neq J\subset Aイデアルとすると,\begin{align}
\mathrm{Hom}_A(J,J)&\subset \mathrm{Hom}_A(J,J)\otimes_A \mathrm{Frac}(A) \\&\cong \mathrm{Hom}_{\mathrm{Frac}(A)}(\mathrm{Frac}(A),\mathrm{Frac}(A))\cong \mathrm{Frac}(A)
\end{align}より, \mathrm{Hom}_A(J,J) の要素を自然にある h\in \mathrm{Frac}(A) による h 倍射 J\xrightarrow{\times h} J とみなすことができ, \begin{align}
\mathrm{Hom}_A(J,J) = \{h\in \mathrm{Frac}(A) \mid hJ\subset J\}
\end{align}となる.また,よく知られた行列式の技巧 (matrix trick) より,hJ\subset J ならば  h\in \widetilde{A} であるので,A\subset \mathrm{Hom}_A(J,J)\subset \widetilde{A} である.

定理 (Grauert-Remmert)
J\subset A を根基イデアル \sqrt{J}=J で,任意 \mathfrak{p}\not\in V(J) に対し A_{\mathfrak{p}} が整閉整域となるようなものとする.
このとき,\mathrm{Hom}_A(J,J)A\widetilde{A} の中間環 A\subset \mathrm{Hom}_A(J,J)\subset \widetilde{A} であり,A=\widetilde{A} であることは A=\mathrm{Hom}_A(J,J) であることと同値である.

(証明) まず \begin{align}\mathrm{Hom}_A(J,J)=\{h\in \widetilde{A} \mid hJ\subset A\}\end{align}であることを示す.包含 \subset は自明.h\in \widetilde{A}, hJ\subset A すると,\begin{align}
h^n=c_{n-1}h^{n-1}+\cdots+c_jh^j+\cdots+c_1h+c_0,~c_0,\dots,c_{n-1} \in A,
\end{align}と書ける.任意の a\in J に対して ah\in A なので \begin{align}
(ah)^n=(c_{n-1}a) (ah)^{n-1}+\cdots+(c_ja^{n-j})(ah)^j+\cdots+(c_1 a^{n-1})(ah)+(c_0a^n)\subset J
\end{align}となり,ah \in \sqrt{J}=J となる.a\in J は任意だったで hJ\subset J であり,逆の包含 \mathrm{Hom}_A(J,J)\supset\{a\in \widetilde{A} \mid aJ\subset A\} も成り立つことが示された.

次に h\in \widetilde{A} に対し,十分大きな n を取れば hJ^n\in A であることを示す.

h^n+c_{n-1}h^{n-1}+\cdots+c_1h+c_0=0,~c_j \in A, と書けるので,Ah で生成される A\widetilde{A} の中間環 \begin{align}A[h]=A+Ah+\dots+Ah^{n-1}\end{align} は有限生成 A 加群である. \mathfrak{p} \not \in V(J) とすると,仮定より  A_{\mathfrak{p}} は整閉なので,\begin{align}
(A[h]/A)_{\mathfrak{p}}\subset (\widetilde{A}/A)_{\mathfrak{p}}= (\widetilde{A}\otimes_A A_{\mathfrak{p}})/A_{\mathfrak{p}}=\widetilde{A_{\mathfrak{p}}}/A_{\mathfrak{p}}=A_{\mathfrak{p}}/A_{\mathfrak{p}}=0
\end{align}なので \begin{align}
\mathfrak{p} \not\in \mathrm{Supp}(A[h]/A)=V(\mathrm{ann}(A[h]/A))
\end{align}である.これは V(\mathrm{ann}(A[h]/A)) \subset V(J) を示している.よって \begin{align}
\sqrt{\mathrm{ann}(A[h]/A)}\supset \sqrt{J}=J
\end{align}であり,J は有限生成なので十分大きな n に対して J^n \subset \mathrm{ann}(A[h]/A) が成り立つ.特に,十分大きな n に対して hJ^n \subset A である.

さて,定理の主張を示そう. A=\widetilde{A} ならば A=\mathrm{Hom}_A(J,J) であることは自明である.

A\neq\widetilde{A} と仮定すると,h\in \widetilde{A}\backslash A が取れる.hJ^n \subset A となる最小の n\in\mathbb{Z}_{\ge 0} を取る.h\not\in A より n\ge 1 である. J^{n-1} h \not\subset A なので g\in J^{n-1} h \backslash A が取れるが,g\in\widetilde{A},~gJ\subset A より \begin{align}
g\in \{x\in \widetilde{A} \mid xJ\subset A\} = \mathrm{Hom}_A(J,J)
\end{align}である.g\not\in A なので A\neq \mathrm{Hom}_A(J,J) となる.(証明終わり)

定理の証明は完了したが,この定理の J をどう取ればいいかと,\mathrm{Hom}_A(J,J) をどうやって計算したらいいかという疑問が残ると思うので,その解説をしていく.

J の取り方

A の単項局所化  A[c^{-1}] が整閉整域となる c\in A をうまく取ることができれば,任意の \mathfrak{p} \not\in V(c) に対し,A_{\mathfrak{p}}=(A[c^{-1}])_{\mathfrak{p}} は整閉整域なので,J として \sqrt{Ac} を取ることができる.特に, ある 0\neq c\in A が存在して  A[c^{-1}] が整閉整域かつ c が生成する単項イデアル Ac の根基も単項イデアル \sqrt{Ac}=Ac' となるとき,Ac' はランク 1 の自由 A 加群で,\begin{align}\mathrm{Hom}_A(Ac',Ac')=\mathrm{Hom}_A(A,A)=A\end{align}となり,A が整閉整域であることが分かる.

A多項式環を素イデアルで割った整域 A=\mathbb{Q}[x_1,\dots,x_n]/\mathfrak{a} の場合,定理の J として \mathrm{Spec}A特異点集合の定義イデアルを取れる.つまり,\mathfrak{a}=\langle f_1,\dots, f_r \rangle \dim A=d のとき,ヤコビ行列 \begin{align}\newcommand{\pder}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\begin{bmatrix}
\pder{f_1}{x_1} & \pder{f_1}{x_2} & \dots\dots & \pder{f_1}{x_n} \\[1ex]
\pder{f_2}{x_1} & \pder{f_2}{x_2} & \dots\dots & \pder{f_2}{x_n} \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\[1ex]
\pder{f_r}{x_1} & \pder{f_r}{x_2} & \dots\dots & \pder{f_r}{x_n}
\end{bmatrix}
\end{align}の d 次小行列全体で生成されるイデアルA での像の根基イデアルJ とすればよい.特異点集合の定義イデアルの任意の元 c を取ると (例えばヤコビ行列の1つの d 次小行列など) A[c^{-1}] は正則環なので,J として  \sqrt{Ac} を取ることもできる.

\mathrm{Hom}_A(J,J) の計算方法

h\in \widetilde{A}A の商体の元なので,ある a,b\in A により h=\cfrac{b}{a} と書くことができ,ha 倍すると分母が払われて  bh\in A となる.証明の最初に示した \begin{align}
\mathrm{Hom}_A(J,J)=\{h\in \widetilde{A} \mid hJ\subset A\}
\end{align}は,\mathrm{Hom}_A(J,J)\widetilde{A} の中でも J の任意の 0 でない元で分母を払うことができるもの全体からなることを示している.これは J が大きなイデアルの場合に不思議な感じがする人もいるかも知れないが,A が整閉整域でない場合は UFD でもないので,\mathrm{Frac}(A) の元の既約分数としての表し方も一意でないことを考えれば受け入れやすいと思う.例えば A=\mathbb{Q}[x,y]=\mathbb{Q}[X,Y]/\langle X^2+Y^2\rangle の商体の元  \cfrac{y}{x}x 倍すると分母を払うことができるが,\cfrac{y}{x}=-\cfrac{x}{y} なので y 倍でも分母を払うことができる.

さて,どんな 0\neq p\in J に対しても \mathrm{Hom}_A(J,J)p 倍である  p \mathrm{Hom}_A(J,J)A の部分 A 加群,つまりイデアルになる.このイデアルイデアル商\begin{align}
pJ:J=\{a\in A \mid aJ\subset pJ\}
\end{align}と一致することが容易に示せる.よって\begin{align}
\mathrm{Hom}_A(J,J)=\cfrac{1}{p}(pJ:J)
\end{align}となる.pJ:Jp を含む Aイデアルで,\cfrac{1}{p}(pJ:J)A pJ:J を中心とした blow-up のアフィン開集合の座標環  A\left[\cfrac{1}{p}(pJ:J)\right] と同じものであり,blow-up によって特異性が下がる現象の1つとも解釈できる.

計算アルゴリズム

\widetilde{A} が有限生成 A 加群となる場合を考える.\mathbb{Z} を含み \mathbb{Z} 加群として有限生成な整域や,体 K 上有限生成な整域 A=K[a_1,\dots,a_n] などはこの場合である.

環の上昇列 \begin{align}A=A_0 \subset A_1 \subset A_2 \subset \cdots\subset \widetilde{A}\end{align}を帰納的に以下のように定める.A_i に対して Grauert-Remmert の定理の J の条件を満たすイデアル J_i を取り A_{i+1}=\mathrm{Hom}_{A_i}(J_i, J_i) とする.今の場合は  \widetilde{A} はネター A 加群で, A_0 \subset A_1 \subset A_2 \subset \cdots は部分 A 加群の昇鎖でもあるので,ある i に対して  A_i=A_{i+1}=\mathrm{Hom}_{A_i}(J_i, J_i) となり,Grauert-Remmert の定理よりこの A_i は整閉整域となる.\widetilde{A} の元は A 上整なので A_i 上整でもあり,A_i は整閉なので A_i の元になる.つまり \widetilde{A}=A_i である.

具体例

数学で新しいことを学んだときは「非自明なものの中で一番簡単な具体例」から考えるのがよいと思う.

 \mathrm{gcd}(a_1,a_2,\dots,a_n)=1 となる正整数を取り,\mathbb{C}[t] の部分環 \begin{align}A=\mathbb{C}[t^{a_1},t^{a_2},\dots, t^{a_n}]
\end{align}という形の環を考えよう.この形の環は数値的半群と呼ばれる. A の整閉包は  \mathbb{C}[ t] であることは分かっているが,あえて Grauert-Remmert の定理を使って計算してみよう.

c=t^{a_1} とすると  A[c^{-1}]=\mathbb{C}[t,t^{-1}] は整閉整域なので,定理の J として,唯一の斉次極大イデアル \mathfrak{m}=\sqrt{Ac}=\langle t^{a_1},t^{a_2},\dots, t^{a_r}\rangle が取れる.

 a_1,a_2,\dots,a_n が生成する \mathbb{Z}_{>0} の部分半群 \begin{align}
H_A=\left\{\sum_{i=1}^n m_i a_i ~\middle|~ m_i\in \mathbb{Z}_{>0}\right\}=\{k\in \mathbb{Z}_{>0} \mid t^k \in \mathfrak{m}]
\end{align}を考える.単位元 0 は含まれないことに注意する.このとき \begin{align}
\mathrm{Hom}_A(\mathfrak{m},\mathfrak{m})=\mathbb{C}[t^\ell \mid \ell+H_A \subset H_A] \end{align}となる.ここで  \ell+H_A=\{\ell+k\mid k\in H_A\}H_A\ell だけシフトしたものである.この環も数値的半群環であり,同様の操作を繰り返すことで有限回で整閉包 \mathbb{C}[t] に到達する.

例1

A=\mathbb{C}[ t^2,t^3],~\mathfrak{m}=\langle t^2,t^3\rangle とする.H_A=\{m\in \mathbb{Z}_{>0}\mid m\ge 2\} であり, \begin{align}\mathrm{Hom}_A(\mathfrak{m}, \mathfrak{m})=\mathbb{C}[t^k \mid k+H_A \subset H_A]=\mathbb{C}[t]
\end{align}が A の整閉包となっている.

例2

A=\mathbb{C}[ t^3,t^4],~\mathfrak{m}=\langle t^3,t^4\rangle とする.\begin{align} H_A=\{3,4,6,7,8,\dots\}=\{3,4\}\cup \{m\in \mathbb{Z}_{>0}\mid m\ge 6\}\end{align} であり 1+H_A \not\subset H_A,~2+H_A \not\subset H_A,~5+H_A \subset H_A である. \begin{align}A_1:=\mathrm{Hom}_A(\mathfrak{m}, \mathfrak{m})=\mathbb{C}[t^k \mid k+H_A \subset H_A]=\mathbb{C}[t^3,t^4,t^5]
\end{align}となる.A_1 はまだ整閉ではない.A_1 の斉次極大イデアル\mathfrak{m}_1=\langle t^3,t^4,t^5\rangle_{A_1} とする. H_{A_1}=\{m\in \mathbb{Z}_{>0}\mid m\ge 3\} であり,\begin{align}\mathrm{Hom}_{A_1}(\mathfrak{m}_1, \mathfrak{m}_1)=\mathbb{C}[t^k \mid k+H_{A_1} \subset H_A]=\mathbb{C}[t]
\end{align}が A の整閉包となっている.

987654321/123456789 がほぼ 8

計算機で計算してみると
\begin{align}
\cfrac{987654321}{123456789}=8.00000007290000066339000603684905493532639991147\ldots
\end{align}となり,整数部分が 8 で,小数第1位から 07 個連続しているので「ほぼ 8 」ですが,よく見ると 0 が連続している部分がその後にも出てきます.しかも連続する 0 の長さも 7,5,32 ずつ短くなっています.\begin{align}
\cfrac{987654321}{123456789}=8+7.29\times 10^{-8}+6.6339\times 10^{-16}+6.036849\times 10^{-24}+\cdots
\end{align}のように解釈すると,何か理由がありそうに見えます.今回はその理由を考えてみましょう.

n 進数の場合に一般化して \displaystyle \sum_{k=1}^{n-1} kn^{k-1}\displaystyle \sum_{k=1}^{n-1} (n-k)n^{k-1} で割ったものを考えます.x を変数として,等比級数の和 \begin{align}
\sum_{k=1}^{n-1} x^k =\cfrac{1-x^n}{1-x}-1 \end{align}の両辺を x微分すると

\begin{align}
\sum_{k=1}^{n-1}k x^{k-1}  =\cfrac{-nx^{n-1}(1-x)+(1-x^n)}{(1-x)^2} =\cfrac{(n-1)x^{n} -nx^{n-1}+ 1}{(1-x)^2}\end{align}

となります.これらに x=n を代入することで
\begin{align}
\sum_{k=1}^{n-1}k n^{k-1}  & = \cfrac{(n-1)n^{n} -n^{n}+ 1}{(1-n)^2} =  \cfrac{(n-2)n^n+ 1}{(1-n)^2}\\
\sum_{k=1}^{n-1} (n-k)n^{k-1} &=\sum_{k=1}^{n-1} n^k - \sum_{k=1}^{n-1}k n^{k-1}=\cfrac{n-n^{n}}{1-n}-\cfrac{n^{n+1} -2n^{n}+ 1}{(1-n)^2}\\
&=\cfrac{n^n -(n^2 - n + 1)}{(1-n)^2}
 \end{align}

が得られます.以上より
\begin{align}
\cfrac{\displaystyle \sum_{k=1}^{n-1} kn^{k-1}}{\displaystyle \sum_{k=1}^{n-1} (n-k)n^{k-1}}=\cfrac{(n-2)n^n+ 1}{n^n -(n^2 - n + 1)}
=\cfrac{(n-2)+ n^{-n}}{1 -(n^2 - n + 1)n^{-n}}
\end{align}

となります.\displaystyle \lim_{n\to \infty}n^{-n}=\lim_{n\to \infty}(n^2 - n + 1)n^{-n}=0 なので,n が十分大きいときこの値は「ほぼ n-2」になります.

n\ge 2 より \alpha:= (n^2 - n + 1)n^{-n} \le (n^2 - n + 1)n^{-2} =1-\frac{n-1}{n^2}<1 なので,

\begin{align}
\cfrac{(n-2)+ n^{-n}}{1 -(n^2 - n + 1)n^{-n}}=\cfrac{(n-2)+ n^{-n}}{1 - \alpha}=\{(n-2)+ n^{-n}\}\sum_{k=0}^\infty \alpha^k 
\end{align}
と展開できます.

n=10 のときは \alpha=(10^2-10+1)10^{-10}=0.91\times 10^{-8} なので \begin{align}
\cfrac{987654321}{123456789}=&(8+0.01\times 10^{-8})\sum_{k=0}^\infty (0.91\times 10^{-8})^k \\
=&8+(8\times 0.91+0.01)10^{-8}+(8\times 0.91^2+0.01\times 0.91)10^{-16} \\&+(8\times 0.91^3+0.01\times 0.91^2)10^{-24}+\cdots
\end{align}となり,小数部分の最初の方に 0 が連続したものが現れる理由が分かりました.\begin{align}8 &\xrightarrow{0.91 \mbox{倍して} +0.01~~~~~~}8\times 0.91+0.01\xrightarrow{0.91\mbox{倍}} 8\times 0.91^2+0.01\times 0.91 \\
&\xrightarrow{0.91 \mbox{倍}}8\times 0.91^3+0.01\times 0.91^2
\end{align}であり,0.91 倍すると桁の長さが 2 だけ長くなるので,連続する 0 の長さが 2 ずつ短くなっています (8\times 0.91+0.01=7.29,~7.29\times 0.91=6.63390 が現れないのは偶々).