現実と数学の区別が付かない

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ヘンゼルの補題からニュートン・ピュイズーの定理へ

 f(t,x)\in K[[t]][x] に対し,ヘンゼルの補題 f(0,x)\in K[x] の根  \alpha \in K f(t,x) の根に持ち上がるための条件に  \cfrac{\partial f}{\partial x}(0,\alpha)\neq 0 というものがありました。

egory-cat.hatenablog.com

この条件は外すことができません。

例として  f(t,x)=x^n-t\in \mathbb{C}[[t]][x] の場合を考えてみましょう。  f(0,x)=x^nn 重根 x=0 を持ちますが, f(t,x) は既約なので  \mathbb{C}[[t]] に根は持ちません。

では  f'(0,\alpha)= 0 となる  f(0,x) の根からは何も情報が得られないのでしょうか?

再び  f(t,x)=x^n-t\in \mathbb{C}[[t]][x] の場合を考えてみると, \mathbb{C}[[t^{\frac{1}{n}}]] にまで範囲を広げると, f(t,x)n 個の根 \begin{align}t^{\frac{1}{n}},~ \zeta_nt^{\frac{1}{n}},~\dots,~ \zeta_n^{n-1}t^{\frac{1}{n}}\end{align}を持ちます (ただし  \zeta_n1 の原始 n 乗根)。これらは t=0 を代入すると  0 になるので, f(0,x) n 重根 x=0 が持ち上がったものと解釈できます。つまりこの例は,重根は  \mathbb{C}[[t]] には持ち上がらないですが,少し大きくした  \mathbb{C}[[t^{\frac{1}{n}}]] には持ち上がることを示唆しています。

今回紹介するのは次の定理です。

主定理
 K代数閉体とし,その標数p\ge 0 とする (つまり  p=0 または素数)。

 f(t,x)=x^n+c_{n-1}(t)x^{n-1}+\cdots+c_1(t)x+c_0(t) \in K[[t]][x] を既約な多項式とする。

p=0 または \mathrm{gcd}(n,p)=1 のとき,ある \varphi(t)\in K[[ t]] が存在し, \varphi(t^\frac{1}{n}),~\varphi(\zeta_nt^\frac{1}{n}),~\dots,~\varphi(\zeta_n^{n-1}t^\frac{1}{n}) f(t,x) x多項式としての相異なる n 個の根となる。

この定理の系として,次のニュートン・ピュイズーの定理が得られます。

ニュートン・ピュイズーの定理
 K標数 0代数閉体とする。このとき \displaystyle\bigcup_{n=1}^\infty K( (t^{\frac{1}{n}}) )代数閉体となる。

ここで,\displaystyle K( (t) )=K[[t]]\left[\frac{1}{t}\right]=\left\{\sum_{i=-N}^\infty c_it^i ~\middle|~ N\in \mathbb{N}, c_i \in K\right\} K[[t]] の商体をあらわしています。\displaystyle\bigcup_{n=1}^\infty K( (t^{\frac{1}{n}}) ) の元のことをピュイズー級数といいます。

主張の形はちょっと違いますが,この定理のオリジナルの証明は本質的に1676年にニュートンがオルデンブルクに当てた手紙にあるそうです *1

因数分解バージョンのヘンゼルの補題

ヘンゼルの補題には因数分解が持ち上がることを主張するバージョンもあり,こちらの方を単にヘンゼルの補題と呼ぶこともあります。

ヘンゼルの補題因数分解バージョン)
 f(t,x)=x^n+c_{n-1}(t)x^{n-1}+\cdots+c_1(t)x+c_0(t) \in K[[t]][x] とする。 f(0,x) が \begin{align}f(0,x)=g(x)h(x)\end{align}g(x),h(x) \in K[x],~\mathrm{gcd}(g(x),h(x))=1因数分解できるとき, g(t,x), h(t,x)\in K[[t]][x] で\begin{align}f(t,x)=g(t,x)h(t,x),~g(0,x)=g(x),~h(0,x)=h(x)\end{align} となるものが存在する。

この定理により, f(t,x) が既約のとき, f(0,x) は既約多項式のベキになっています。特に  K代数閉体のときは  f(0,x)=(x-\alpha)^n という形になります。主定理は,この n重根 \alpha n個の K[[t^{\frac{1}{n}}]] 内の根に持ち上がることを主張しています。

主定理の証明

記号は主定理の通りとします。この主定理はいくつか可換環論の有名な定理さえ認めてしまえば比較的簡単に証明することができます。というわけでこの証明はある程度可換環論を学んだ人向けです。

証明:
p=0 または \mathrm{gcd}(n,p)=1 なので, f(t,x) x の分離多項式であることに注意する。

剰余環 A:=K[[t]][x]/(f(t,x)) の整閉包は,A の係数体 K 上のベキ級数K[[\tau]] と同型になる*2\iota:A\hookrightarrow K[[\tau]] を自然な埋め込みとする。\tau をうまく取り直すことで,\iota(t)=\tau^n としてよい*3\iota(x)=\varphi(\tau) とすると,

\begin{align} 0=\iota(f(t,x))=f(\iota(t),\iota(x))=f(\tau^n,\varphi(\tau))\end{align}

となる。

この不定\tau の等式に,形式的に \tau=\zeta_n^it^{\frac{1}{n}} (ただし 0\le i\le n-1\zeta_n1 の原始n乗根) を代入することで \begin{align}f(t,\varphi(\zeta_n^it^{\frac{1}{n}}))=0\end{align}を得る。つまり  \varphi(t^{\frac{1}{n}}),~\varphi(\zeta_nt^{\frac{1}{n}}),~\dots,~\varphi(\zeta_n^{n-1}t^{\frac{1}{n}}) f(t,x) x多項式としての根となる。

 \displaystyle g(t,x)=\prod_{i=0}^{n-1}\left(x-\varphi(\zeta_n^it^{\frac{1}{n}})\right) とおく。体の拡大  K( (t) )\subset K( (t^{\frac{1}{n}}) ) のガロワ群は  \sigma: h(t^{\frac{1}{n}}) \mapsto h(\zeta_n t^{\frac{1}{n}}) で生成されるが, g_t(x)\sigma で不変なので, g_t(x) \in K[[ t]][x] となる。よって  f_t(x)=g_t(x) となり, \varphi(t^{\frac{1}{n}}),~\varphi(\zeta_nt^{\frac{1}{n}}),~\dots,~\varphi(\zeta_n^{n-1}t^{\frac{1}{n}}) f(t,x) x多項式としての,相異なる  n 個の根となる。(証明終)

ニュートン・ピュイズーの定理の証明

証明:
L:=\displaystyle\bigcup_{n=1}^\infty K( (t^{\frac{1}{n}}) ) とおく。  f(x)\in L[x] \mathrm{deg}f(x)=d>0 とする。 f(x) L に根を持つことを示せばよい。

ある  n が存在して  f(x) \in K( (t^{\frac{1}{n}}) )[x] となる。 T=t^{\frac{1}{n}} とおく。適当に  K( (T) ) の元倍することで  f(x) \in K[[T]][x] で,先頭項が  T^m x^d であるとしてよい。 g(x)=T^{(d-1)m}f\left(\cfrac{x}{T^m}\right) とおくと,g(x) の先頭項は  x^d となる。主定理により, g(x) の既約因子(その次数を  r\le d とする )の根となる  \varphi(T^{\frac{1}{r}})\in K[[T^{\frac{1}{r}}]] が存在する。よって, f(x) は根  \cfrac{\varphi(T^{\frac{1}{r}})}{T^m} = t^{-\frac{m}{n}}\varphi(t^{\frac{1}{nr}}) \in L を持つ。(証明終)

*1:たぶんこれ Letter from Isaac Newton to Henry Oldenburg, dated 24 October 1676 (Normalized)。 手紙の後半に現在ではニュートン多角形と呼ばれるものの画 (Fig. 2) が出てきます。何が書いてあるかは読めませんが,このあたりで多項式のピュイズー級数根を求めているように見えます。

*2:これは,完備局所環についてのコーエンの構造定理,Krull-秋月の定理,完備局所環の有限拡大で整域なものは完備局所環であること,一次元の正規環は正則であることを用いて証明できます。

*3:重複度が双有理変換で変わらないことと,K[[\tau]] の可逆元が n 乗根を持つことからこのような \tau が取れます。