現実と数学の区別が付かない

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ラッセルのパラドックスとカントールのパラドックスがよく似ている件

素朴に「モノの集まり」のことを集合と定義する素朴集合論では様々な形で矛盾が引き起こされることが知られていて,なかでもラッセルのパラドックスカントールパラドックスと呼ばれるものが有名である.この2つのパラドックスは似ている面もあって,たまに混同している人も見かけるのでメモを残しておく.

 x>0 x^2+2x+3=0 のように x のみを自由変数として含む開論理式を命題関数  P(x) で表す. P(x)x の性質を述べる述語と思える.素朴に「モノの集まり」を集合とすると,P(x) を満たす x 全体を集めた\begin{align} X=\{ x \mid P(x)\}\end{align}も集合ということになる.しかし,このような形のものを何でもかんでも集合としてしまうと矛盾が引き起こされる.

ラッセルのパラドックス

P(x)x\not\in x の場合を考える.すなわち \begin{align} X=\{x \mid x\not\in x\} \end{align}とする.

排中律より X\in X または X\not\in X だが,

  • X\in X のとき,X の定義より X\not\in X となり矛盾.
  • X\not\in X のとき,X の定義より X\in X となり矛盾.

となりいずれの場合も矛盾している.よりシンプルに, X の定義より  X\in X \Leftrightarrow X\not\in X となり矛盾,ということもできる.

つまり,\exists X \forall x (x\in X \leftrightarrow x\not\in x) という論理式から自然演繹により矛盾が導かれるということである.これをラッセルのパラドックスと呼ぶ.

カントールパラドックス

A を集合とする.P(x) x\subset A の場合を考えると \begin{align}\wp(A)=\{x \mid x\subset A\}\end{align}という集合ができる.\wp(A)A の部分集合全体である.これを A のべき集合と呼ぶ.次の定理の証明は対角線論法という名前でよく知られている.

定理1 任意の集合 A と任意の写像 f: A\to \wp(A) に対し f全射ではない.

(証明)  f全射であると仮定する. B=\{ x \mid (x\in A) \land (x\not\in f(x)) \} とすると,  B \in \wp(A) より,ある  b\in A が存在して f(b)=B となる.

  • b\in B とすると B の定義より  b\not \in f(b)=B となり,矛盾.
  • b\not\in B とすると B の定義より  b\in B となり,矛盾.

いずれ場合も矛盾するので,背理法*1より f全射ではない.(証明終)

さて,P(x) が恒真式を表す命題定数 \top のとき(x=x のようなトートロジーで代用してもよい),すなわち \begin{align}X=\{x \mid \top\}\end{align}を考えると,この X は「集合全体の集合」になっている.この X のべき集合  \wp(X) を考えると,X は集合全体の集合だったので  \wp(X)\subset X である.すると,次のような写像  f:X\to \wp(X) を定義することができる \begin{align}
f(a)=
\left\{
\begin{array}{lc}
a & (a\in \wp(X))\\
X & (a\not\in \wp(X))
\end{array}
\right.
\end{align}つまり,f は要素 a\in X\wp(X) の要素に対応付けるものであるが,aX の部分集合 \wp(X) に含まれる場合は  f(a)=a として,そうでない場合は \wp(X) の要素である X に対応付けしてやるのである.

\wp(X) \subset X であるので,明らかに f全射であるが,これは先ほどの定理1に矛盾する.つまり,「集合全体の集合」というものを認めてしまうと,矛盾が導かれるのである.これをカントールパラドックスと呼ぶ.

さて,この写像 f に対し,先ほどの定理1の証明をあてはめてみると,矛盾が導かれる理屈がラッセルのパラドックスとほぼ同じであることに気付くだろう.つまり,いま与えられている全射  f: X\to \wp(X) に対し,\begin{align}
B=\{ x \mid (x\in X) \land (x\not\in f(x)) \}
\end{align}を考えると, B\in \wp(X) より f(B)=B である.よって B の定義より  B\in B \Leftrightarrow B\not\in B となり矛盾する.

このような見方をすると,ラッセルのパラドックスカントールパラドックスはよく似たものである.

*1:正確には \lnot 導入規則である.\lnot P を仮定して矛盾が導かれた場合  P を結論付けるのが背理法で,P を仮定して矛盾が導かれた場合 \lnot P を結論付けるのは \lnot 導入規則である.しかし二重否定の除去を認める古典論理ではこの2つを区別する必要もないので,どちらも背理法と呼ばれることが多い.直観主義論理では背理法は認められないが,\lnot 導入規則は認められる( P から矛盾が導かれることを \lnot P の定義とすることもある). ある実数が無理数であることの定義を「有理数でないこと」とすると,よく知られた \sqrt{2}無理数であることの背理法を用いた証明は,正確には \lnot 導入規則であることになる.

コインを1万回投げて表がちょうど5千回出る確率

コインを1万回投げて表がちょうど5千回出る確率はどのくらいになるでしょうか?まずはだいたいの感覚で考えてみてください.

この確率は \dfrac{\binom{10000}{5000}}{2^{10000}} となります.WolframAlpha に聞いてみましょう.

N[binom(10000,5000)/2^10000,10] - Wolfram|Alpha

答えは 0.00797864\ldots0.8\% 弱です.予想と比較してどうでしたでしょうか?私は意外と大きな値だと思いました.

2n 回コインを投げて表がちょうど n 回出る確率 \begin{align} q_n:= \dfrac{\dbinom{2n}{n}}{2^{2n}}\end{align} は N=2n, p=\dfrac{1}{2} である二項分布の確率質量関数の最大値です.n が十分大きなとき,これは \mu=Np=n,~\sigma =Np(1-p)=\dfrac{n}{2} である正規分布確率密度関数  \dfrac{1}{\sqrt{2\pi} \sigma} e^{\frac{(x-\mu)^2}{\sigma^2}} の最大値  \dfrac{1}{\sqrt{2\pi} \sigma} =\dfrac{1}{\sqrt{\pi n}} とほぼ一致しています.よって \displaystyle\lim_{n\to \infty} q_n=0 ではあるものの,その収束は遅めです.

実際にいくつかの n について表にしてみると,確かに  n\gg 1 のとき q_n \dfrac{1}{\sqrt{\pi n}} は近い値になることが見て取れます.

n 10 100 1000 10000 100000
q_n 0.17620 0.056348 0.017839 0.0056418 0.0017841
\dfrac{1}{\sqrt{n\pi}} 0.17841 0.056419 0.017841 0.0056419 0.0017841

q_n\dfrac{1}{\sqrt{n\pi}} で近似されることは,ガンマ関数の漸近近似式\begin{align}
\Gamma(x) \sim \sqrt{\dfrac{2\pi}{x}} \left(\dfrac{x}{e}\right)^x~~(x\to \infty)
\end{align}と  \Gamma\left(n+\dfrac{1}{2}\right)=2^{-2n}\dfrac{(2n)!}{n!} \sqrt{\pi} より次のように示すこともできます. \begin{align}
q_n&=\dfrac{(2n)!}{2^{2n}(n!)^2}=\dfrac{\Gamma\left(n+\dfrac{1}{2}\right)}{\sqrt{\pi}~\Gamma\left(n+1\right)}\\
&\sim \dfrac{1}{\sqrt{\pi}} \sqrt{\dfrac{n+1}{n+\frac{1}{2}}} \left(\dfrac{n+\frac{1}{2}}{n+1} \right)^{n+1} \sqrt{\dfrac{e}{n+\frac{1}{2}}}\\
&=\dfrac{1}{\sqrt{\pi n}}\dfrac{ \sqrt{n(n+1)} }{n+\frac{1}{2}} \left(1-\frac{1}{2(n+1)}\right)^{n+1} \sqrt {e}\\
&\sim \dfrac{1}{\sqrt{\pi n}} ~~(n\to \infty)
\end{align}

複素数値関数の不定積分

複素数値関数

f:\mathbb{R} \to \mathbb{C}複素数値関数と呼ぶ.複素数値関数 f(x) は実関数 u(x),v(x) を用いて f(x)=u(x)+iv(x) と書ける.この微分不定積分を \begin{gather}
f'(x)=u'(x)+iv'(x)\\
\int f(x) dx=\int u(x) dx+i \int v(x) dx
\end{gather}で定める.積分定数はまとめて1つの複素数で書ける.

例えば  \cfrac{1}{x-i}=\cfrac{x}{x^2+1}+i\cfrac{1}{x^2+1} e^{ix}=\cos(x)+i \sin(x)複素数値関数の例である.

\tan^{-1}(x)複素数値関数で表現する

複素数偏角の主値を -\pi \le \mathrm{Arg}(z)<\pi と定め \mathrm{Log}(z)=\log |z| +i \mathrm{Arg}(z) とする (\log は実関数としての対数関数).

このとき,実数 x に対し \begin{align}
\mathrm{\tan^{-1}}(x)=\cfrac{\mathrm{Log}(x-i)-\mathrm{Log}(x+i)}{2i}+\cfrac{\pi}{2}
\end{align}となる.

実際,r=|x-i|=|x+i|,~\theta=-\mathrm{Arg}(x-i)=\mathrm{Arg}(x+i) とすると,\begin{align}
\cfrac{\mathrm{Log}(x-i)-\mathrm{Log}(x+i)}{2i}+\cfrac{\pi}{2}=\cfrac{(r-i\theta)-(r+i\theta)}{2i}+\cfrac{\pi}{2}=\cfrac{\pi}{2}-\theta=\mathrm{\tan^{-1}}(x)
\end{align}である.

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応用

\displaystyle \int \cfrac{1}{1+x^2} dx

\begin{align} \int \cfrac{1}{1+x^2} dx =\mathrm{\tan^{-1}}(x) +C\end{align}x=\tan(t) という変数変換で計算できることはよく知られている.ここでは複素数値関数を利用して計算してみる.\begin{align}
\cfrac{1}{1+x^2} =\cfrac{A}{x-i}+\cfrac{B}{x+i}
\end{align}となる A, B は \begin{gather}
A=\lim_{x\to i}\cfrac{x-i}{1+x^2} =\left.\cfrac{1}{(1+x^2)'}\right|_{x=i} =\cfrac{1}{2i}\\
B=\lim_{x\to -i}\cfrac{x+i}{1+x^2} =\left.\cfrac{1}{(1+x^2)'}\right|_{x=-i} =\cfrac{1}{-2i}
\end{gather}であるので,\begin{align} \int \cfrac{1}{1+x^2} dx &=\int \cfrac{1}{2i(x-i)}+\cfrac{1}{-2i(x+i)}dx\\
&=\cfrac{\mathrm{Log}(x-i)-\mathrm{Log}(x+i)}{2i}+\cfrac{\pi}{2}+C_1\\
&=\mathrm{\tan^{-1}}(x)+C_2\end{align}となる.

\displaystyle \int \cfrac{1}{1+x^4} dx

\alpha^4=1 のとき -\alpha=\alpha^{-3} より, \begin{align}\mathrm{Res}\left( \cfrac{1}{1+z^4}; \alpha\right)=\cfrac{1}{4\alpha^3}=\cfrac{-\alpha}{4}\end{align}である.よって
\begin{align}
\cfrac{1}{1+x^4}
&=\sum_{\alpha^4=1} \cfrac{-\alpha}{4} \cdot \cfrac{1}{x-\alpha}\\
&=\cfrac{1}{4}\left(\cfrac{-1-i}{\sqrt{2} x-1-i}+\cfrac{1-i}{\sqrt{2} x+1-i}+\cfrac{1+i}{\sqrt{2} x+1+i}+\cfrac{-1+i}{\sqrt{2} x-1+i}\right)
\end{align}と部分分数分解できる.よって

\begin{align}
&\int \cfrac{1}{1+x^4} dx\\
{}=&\cfrac{1}{4\sqrt{2}}\biggl(-\mathrm{Log}(\sqrt{2} x-1-i)+\mathrm{Log}(\sqrt{2} x+1-i)+\mathrm{Log}(\sqrt{2} x+1+i)-\mathrm{Log}(\sqrt{2} x-1+i) \biggr)\\
&{+}\cfrac{1}{4\sqrt{2}}\biggl(-i\mathrm{Log}(\sqrt{2} x-1-i)-i\mathrm{Log}(\sqrt{2} x+1-i)+i\mathrm{Log}(\sqrt{2} x+1+i)+i\mathrm{Log}(\sqrt{2} x-1+i) \biggr)+C_1\\
{}=&\cfrac{1}{4\sqrt{2}}\biggl(\mathrm{Log}(2x^2+2\sqrt{2} x+ 2)- \mathrm{Log}(2x^2-2\sqrt{2} x+ 2)\bigg)\\
&+\cfrac{1}{2\sqrt{2}}\biggl(\cfrac{\mathrm{Log}(\sqrt{2} x+1-i)-\mathrm{Log}(\sqrt{2} x+1+i)}{2i} +\cfrac{\mathrm{Log}(\sqrt{2} x-1-i)-\mathrm{Log}(\sqrt{2} x-1+i)}{2i}\bigg)+C_1 \\
{}=&\cfrac{1}{4\sqrt{2}}\mathrm{log}\cfrac{x^2+\sqrt{2} x+ 1}{x^2-\sqrt{2} x+ 1}+\cfrac{\tan^{-1}(\sqrt{2} x+1)+\tan^{-1}(\sqrt{2} x-1)}{2\sqrt{2}}+C_2
\end{align}となる.

元ネタ

↓の動画を見て 1+x^4 を複素係数の範囲で一次式に分解して部分分数分解してから複素数値関数として積分したら計算が楽にならないかなと思ってやってみたのだけれど,そんなに楽にはならなかった.

www.youtube.com