与作が木を切っても切らなくても今回は整閉包のお話です.
ネター整域が整閉整域であるかを判定する Grauert-Remmert の定理というものがあり,これは整閉包を計算する上でも主要な働きをする面白い定理なのですが,証明が載っている教科書をあまり見かけません.今回はこの定理とその証明を紹介します.
Zariski 位相
後ほど使うので,Zariski 位相について復習しておく.
をネター環,
を
の素イデアル全体とする.イデアル
に対し,\begin{align}
V(\mathfrak{a}):=\{\mathfrak{p} \in \mathrm{Spec} R\mid \mathfrak{a}\subset \mathfrak{p}\}
\end{align}とする. には
の形の集合を閉集合とする Zariski 位相と呼ばれる位相が定まり,
を
で定義された Zariski 閉集合と呼ぶ.
-加群
に対し,\begin{gather}
\mathrm{ann}(M):=\{r \in R \mid \forall m\in M,~rm=0\}\\
\mathrm{Supp}(M):=\{\mathfrak{p} \in \mathrm{Spec} R \mid M_{\mathfrak{p}} \neq 0\}
\end{gather}とおく.ただし, は
の
による局所化である.
が有限生成
の場合,\begin{align}M_{\mathfrak{p}}\neq 0 ~~\Leftrightarrow~~ \exists i, \mathrm{ann}(m_i)\subset \mathfrak{p}~~\Leftrightarrow~~ \mathrm{ann}(M)=\bigcap_{i=1}^r \mathrm{ann}(m_i)\subset \mathfrak{p}\end{align}なので\begin{align}
V(\mathrm{ann}(M))=\mathrm{Supp}(M)
\end{align}が成り立つ.無限生成加群の場合は一般にこの等式は成り立たない.例えば のとき,
だが,
となる.
を
の根基イデアルと呼ぶ.
であり,
が成り立つ.
の
による単項局所化を
と書くと,
に対して\begin{align}
f\not\in \sqrt{\mathfrak{a}}~\Leftrightarrow~ (R/\mathfrak{a})_f \neq 0~\Leftrightarrow~ \mathrm{Spec}(R/\mathfrak{a})_f \neq \emptyset ~\Leftrightarrow~\exists \mathfrak{p}\in V(\mathfrak{a}),~f\not\in \mathfrak{p}
\end{align}が成り立つ.対偶を取ることで は
を含む素イデアル全体の共通部分,つまり \begin{align}
\sqrt{\mathfrak{a}}=\bigcap V(\mathfrak{a})
\end{align}が成り立つことが分かる.よって, であることと
は同値となる.代数閉体上の多項式環におけるヒルベルトの零点定理の類似の定理であるが,今回の
の方の証明は素朴で簡単である.
整閉整域とその判定法
整閉包と整閉整域
をネター整域とし,
を
の商体とする.
が\begin{align}
\exists n\in \mathbb{Z}_{>0},~\exists c_0,\dots,c_{n-1} \in A,~x^n+c_{n-1}x^{n-1}+\cdots+c_1x+c_0=0
\end{align}を満たすとき, は
上整であるといい,\begin{align}
\widetilde{A}:=\{x\in \mathrm{Frac}(A) \mid x \mbox{ は $A$ 上整}\}
\end{align}を の整閉包と呼ぶ.
のとき
は整閉整域であるという.整閉包は局所化と可換であり,積閉集合
に対し,局所化
の整閉包
は,整閉包の局所化
と一致することが容易に示せる.
Grauert-Remmert の定理
をイデアルとすると,\begin{align}
\mathrm{Hom}_A(J,J)&\subset \mathrm{Hom}_A(J,J)\otimes_A \mathrm{Frac}(A) \\&\cong \mathrm{Hom}_{\mathrm{Frac}(A)}(\mathrm{Frac}(A),\mathrm{Frac}(A))\cong \mathrm{Frac}(A)
\end{align}より, の要素を自然にある
による
倍射
とみなすことができ, \begin{align}
\mathrm{Hom}_A(J,J) = \{h\in \mathrm{Frac}(A) \mid hJ\subset J\}
\end{align}となる.また,よく知られた行列式の技巧 (matrix trick) より, ならば
であるので,
である.
(証明) まず \begin{align}\mathrm{Hom}_A(J,J)=\{h\in \widetilde{A} \mid hJ\subset A\}\end{align}であることを示す.包含 は自明.
すると,\begin{align}
h^n=c_{n-1}h^{n-1}+\cdots+c_jh^j+\cdots+c_1h+c_0,~c_0,\dots,c_{n-1} \in A,
\end{align}と書ける.任意の に対して
なので \begin{align}
(ah)^n=(c_{n-1}a) (ah)^{n-1}+\cdots+(c_ja^{n-j})(ah)^j+\cdots+(c_1 a^{n-1})(ah)+(c_0a^n)\subset J
\end{align}となり, となる.
は任意だったで
であり,逆の包含
も成り立つことが示された.
次に に対し,十分大きな
を取れば
であることを示す.
と書けるので,
上
で生成される
と
の中間環 \begin{align}A[h]=A+Ah+\dots+Ah^{n-1}\end{align} は有限生成
加群である.
とすると,仮定より
は整閉なので,\begin{align}
(A[h]/A)_{\mathfrak{p}}\subset (\widetilde{A}/A)_{\mathfrak{p}}= (\widetilde{A}\otimes_A A_{\mathfrak{p}})/A_{\mathfrak{p}}=\widetilde{A_{\mathfrak{p}}}/A_{\mathfrak{p}}=A_{\mathfrak{p}}/A_{\mathfrak{p}}=0
\end{align}なので \begin{align}
\mathfrak{p} \not\in \mathrm{Supp}(A[h]/A)=V(\mathrm{ann}(A[h]/A))
\end{align}である.これは を示している.よって \begin{align}
\sqrt{\mathrm{ann}(A[h]/A)}\supset \sqrt{J}=J
\end{align}であり, は有限生成なので十分大きな
に対して
が成り立つ.特に,十分大きな
に対して
である.
さて,定理の主張を示そう. ならば
であることは自明である.
と仮定すると,
が取れる.
となる最小の
を取る.
より
である.
なので
が取れるが,
より \begin{align}
g\in \{x\in \widetilde{A} \mid xJ\subset A\} = \mathrm{Hom}_A(J,J)
\end{align}である. なので
となる.(証明終わり)
定理の証明は完了したが,この定理の をどう取ればいいかと,
をどうやって計算したらいいかという疑問が残ると思うので,その解説をしていく.
の取り方
の単項局所化
が整閉整域となる
をうまく取ることができれば,任意の
に対し,
は整閉整域なので,
として
を取ることができる.特に, ある
が存在して
が整閉整域かつ
が生成する単項イデアル
の根基も単項イデアル
となるとき,
はランク
の自由
加群で,\begin{align}\mathrm{Hom}_A(Ac',Ac')=\mathrm{Hom}_A(A,A)=A\end{align}となり,
が整閉整域であることが分かる.
が多項式環を素イデアルで割った整域
の場合,定理の
として
の特異点集合の定義イデアルを取れる.つまり,
で
のとき,ヤコビ行列 \begin{align}\newcommand{\pder}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\begin{bmatrix}
\pder{f_1}{x_1} & \pder{f_1}{x_2} & \dots\dots & \pder{f_1}{x_n} \\[1ex]
\pder{f_2}{x_1} & \pder{f_2}{x_2} & \dots\dots & \pder{f_2}{x_n} \\
\vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\[1ex]
\pder{f_r}{x_1} & \pder{f_r}{x_2} & \dots\dots & \pder{f_r}{x_n}
\end{bmatrix}
\end{align}の 次小行列全体で生成されるイデアルの
での像の根基イデアルを
とすればよい.特異点集合の定義イデアルの任意の元
を取ると (例えばヤコビ行列の1つの
次小行列など)
は正則環なので,
として
を取ることもできる.
の計算方法
は
の商体の元なので,ある
により
と書くことができ,
を
倍すると分母が払われて
となる.証明の最初に示した \begin{align}
\mathrm{Hom}_A(J,J)=\{h\in \widetilde{A} \mid hJ\subset A\}
\end{align}は, は
の中でも
の任意の
でない元で分母を払うことができるもの全体からなることを示している.これは
が大きなイデアルの場合に不思議な感じがする人もいるかも知れないが,
が整閉整域でない場合は UFD でもないので,
の元の既約分数としての表し方も一意でないことを考えれば受け入れやすいと思う.例えば
の商体の元
は
倍すると分母を払うことができるが,
なので
倍でも分母を払うことができる.
さて,どんな に対しても
の
倍である
は
の部分
加群,つまりイデアルになる.このイデアルはイデアル商\begin{align}
pJ:J=\{a\in A \mid aJ\subset pJ\}
\end{align}と一致することが容易に示せる.よって\begin{align}
\mathrm{Hom}_A(J,J)=\cfrac{1}{p}(pJ:J)
\end{align}となる. は
を含む
のイデアルで,
は
の
を中心とした blow-up のアフィン開集合の座標環
と同じものであり,blow-up によって特異性が下がる現象の1つとも解釈できる.
計算アルゴリズム
が有限生成
加群となる場合を考える.
を含み
加群として有限生成な整域や,体
上有限生成な整域
などはこの場合である.
環の上昇列 \begin{align}A=A_0 \subset A_1 \subset A_2 \subset \cdots\subset \widetilde{A}\end{align}を帰納的に以下のように定める. に対して Grauert-Remmert の定理の
の条件を満たすイデアル
を取り
とする.今の場合は
はネター
加群で,
は部分
加群の昇鎖でもあるので,ある
に対して
となり,Grauert-Remmert の定理よりこの
は整閉整域となる.
の元は
上整なので
上整でもあり,
は整閉なので
の元になる.つまり
である.
具体例
数学で新しいことを学んだときは「非自明なものの中で一番簡単な具体例」から考えるのがよいと思う.
となる正整数を取り,
の部分環 \begin{align}A=\mathbb{C}[t^{a_1},t^{a_2},\dots, t^{a_n}]
\end{align}という形の環を考えよう.この形の環は数値的半群環と呼ばれる. の整閉包は
であることは分かっているが,あえて Grauert-Remmert の定理を使って計算してみよう.
とすると
は整閉整域なので,定理の
として,唯一の斉次極大イデアル
が取れる.
が生成する
の部分半群 \begin{align}
H_A=\left\{\sum_{i=1}^n m_i a_i ~\middle|~ m_i\in \mathbb{Z}_{>0}\right\}=\{k\in \mathbb{Z}_{>0} \mid t^k \in \mathfrak{m}]
\end{align}を考える.単位元 は含まれないことに注意する.このとき \begin{align}
\mathrm{Hom}_A(\mathfrak{m},\mathfrak{m})=\mathbb{C}[t^\ell \mid \ell+H_A \subset H_A] \end{align}となる.ここで は
を
だけシフトしたものである.この環も数値的半群環であり,同様の操作を繰り返すことで有限回で整閉包
に到達する.
例1
とする.
であり, \begin{align}\mathrm{Hom}_A(\mathfrak{m}, \mathfrak{m})=\mathbb{C}[t^k \mid k+H_A \subset H_A]=\mathbb{C}[t]
\end{align}が の整閉包となっている.
例2
とする.\begin{align} H_A=\{3,4,6,7,8,\dots\}=\{3,4\}\cup \{m\in \mathbb{Z}_{>0}\mid m\ge 6\}\end{align} であり
である. \begin{align}A_1:=\mathrm{Hom}_A(\mathfrak{m}, \mathfrak{m})=\mathbb{C}[t^k \mid k+H_A \subset H_A]=\mathbb{C}[t^3,t^4,t^5]
\end{align}となる. はまだ整閉ではない.
の斉次極大イデアルを
とする.
であり,\begin{align}\mathrm{Hom}_{A_1}(\mathfrak{m}_1, \mathfrak{m}_1)=\mathbb{C}[t^k \mid k+H_{A_1} \subset H_A]=\mathbb{C}[t]
\end{align}が の整閉包となっている.